この記事は、公開されている情報や犬種に関する一般的な知見をもとにWANLABが独自にリサーチ・編集しています。できる限り正確な内容を心がけていますが、情報が古くなっている場合や個体差によって当てはまらない場合もあります。健康やしつけに関する判断は、必要に応じて獣医師や専門家にもご相談ください。
この記事の要点
- 2026年の研究では、43頭の犬が、見知らぬ1頭の犬から異なる状況の後に集めた臭気を嗅ぎました。
- 喜びと安静、喜びとストレスには違いを示す結果が出ましたが、ストレスと安静は区別できませんでした。
- 別の24頭の試験では、ストレス臭群が飼い主の近くにいる頻度を増やしました。ただし、感情がそのまま移ったと断定できる結果ではありません。
- 日常ではにおいだけを原因にせず、体全体、直前の出来事、距離、回復までを見て、不安のある犬へ選択肢を残します。
犬同士の会話には、人が見落としやすい臭気の層がありそうです。ただし、におい一つで相手の心を読み切れるという話ではありません。
ドッグランの入口で、愛犬が地面を嗅いだまま動かなくなる。相手の犬はもう見えないのに、ふっとこちらへ戻ってくる。そこに残っていた情報を、犬は鼻から受け取ったのでしょうか。
2026年に発表された実験は、犬がほかの犬の異なる情動状況に伴う臭気の一部を区別し、その後の行動を変える可能性を示しました。けれども、「相手が喜んでいる」「怖がっている」と感情名まで理解した証明ではありません。何を確かめ、何をまだ確かめていないのか、実験の順に見ていきます。

「感情のにおい」は、どう集めたのか
研究で臭気を提供したのは、被験犬たちが会ったことのない5歳の避妊済み雌MIX犬1頭です。研究者は、ひとりで休む安静場面、飼い主とボールを取って遊ぶ喜び場面、保定されて爪を切られるストレス場面を設定しました。
各場面の後、頬と歯ぐき、足裏、肛門周囲を同じ綿パッドで拭い、冷凍保存しました。「喜び臭」「ストレス臭」は便宜的な呼び名です。特定の化学物質を測って感情を判定したのではなく、行動から意図した状態になったと確認した後の体臭を使っています。
| 臭気の条件 | 提供犬の場面 | 読み方の注意 |
|---|---|---|
| 安静 | ひとりで軽く眠る、または休む | 採取で起こした影響が残った可能性がある |
| 喜び | 飼い主と2分間ボール遊び | 遊びに伴う興奮や運動も含まれ得る |
| ストレス | 保定を伴う2分間の爪切り | 長いストレス反応すべてを代表しない |
採取時刻や保存方法はそろえられましたが、三つの場面には感情以外の差もあります。研究が捉えたのは、「情動を喚起する状況の後に生じた臭気の違い」です。心の中を直接採取したわけではない。この境界が、記事全体の土台になります。

43頭は、どの臭気を区別できたのか
被験犬は家庭で暮らす43頭、平均年齢は約5.3歳でした。同じ臭気を3回続けて提示すると、犬が容器を調べる時間は短くなります。そこへ別条件の臭気を並べ、新しい側を長く嗅ぐかを見るのが、慣れ・識別課題です。
三つの組み合わせをまとめると、犬は繰り返した臭気より新しい臭気を長く調べました。条件別では、喜びと安静、喜びとストレスの間に識別または「新しい臭気へ注意が戻る」脱慣れが見られます。
ただし、成績は左右対称ではありません。喜び臭を繰り返してから安静臭を出した場合や、ストレス臭を繰り返してから喜び臭を出した場合に差が明瞭で、逆順では同じ強さの結果になりませんでした。そして、ストレスと安静の組み合わせでは識別も脱慣れも確認されていません。
「犬は喜び・ストレス・安静をすべて嗅ぎ分けた」ではありません。喜びを含む二つの組み合わせには差が出た一方、ストレスと安静には差が出なかった、という非対称な結果です。
研究者は、安静中の犬を採取のために起こしたこと、爪切りが十分強いストレスではなかった可能性、ストレス臭へ近づく時間だけでは区別を測りにくい可能性を挙げています。どれが理由かは、今回のデータから一つに決められません。
ストレス臭の後、犬は飼い主へ近づいた
研究の後半では、24頭だけが別の行動試験へ進みました。喜び臭9頭、ストレス臭9頭、犬の臭気を付けていない綿パッド6頭に分かれ、臭気を嗅いだ後の1分間、飼い主、見知らぬ人、臭気容器のどこに近づくかを記録しました。
ストレス臭を嗅いだ犬は、喜び臭群や無臭群より飼い主の近くにいる頻度が高く、無臭群より見知らぬ人の近くにいる頻度が低くなりました。安心できる相手へ寄る「安全基地」の行動と整合する結果です。
ここにも留保があります。ストレス臭でストレス行動が増え、喜び臭で喜び行動が増えるという鏡写しの差は出ませんでした。むしろ、犬由来の喜び臭とストレス臭の両方で、無臭よりストレス関連行動が多く、喜び関連行動が少ない結果でした。社会的な臭気そのものが覚醒や慎重さを高めた可能性も残ります。
飼い主へ近づいたことは重要な手掛かりですが、それだけで「相手のストレスが犬へ移った」とは確定できません。情動伝染という言葉は、今回の研究では検証途中の解釈として扱うのが妥当です。

1頭の臭気から、犬全般の能力へは飛べない
この研究の強みは、同じ提供犬の臭気を使い、犬の個体情報をそろえたまま情動状況を比べたことです。実験者と飼い主には条件を知らせず、動画を評価した人も臭気条件を知らない設計でした。
同時に、その統制が限界にもなります。臭気の提供は雌のMIX犬1頭だけです。別の性別、年齢、犬種、健康状態、親しい犬でも同じ結果になるかはわかりません。研究室へ来られる、人や新しい場所に比較的慣れた家庭犬が対象だったことも、すべての犬への一般化を控える理由です。
- 化学成分は未同定:犬がどの揮発性物質や混合パターンを使ったかは測っていません。
- 行動試験は小規模:喜び9頭、ストレス9頭、無臭6頭で、性差を含む細かな違いは再現研究が必要です。
- 現実の場面とは違う:相手の姿、声、動き、場所の履歴を除いた容器臭への反応です。
- 感情の理解を直接測っていない:臭気差の検出と、「相手はストレス状態だ」という認知は同じではありません。
2016年には、犬が不安状況後の犬臭を嗅ぐとき右鼻孔を使い続ける研究がありました。2026年の結果はその先へ進みましたが、現在はまだ「犬同士の情動臭コミュニケーションを初めて詳しく測った段階」です。
日常では、においと体のサインを一緒に見る
多頭飼いの部屋、動物病院の待合、散歩道には、目の前にいる犬以外の臭気も残ります。においが行動へ影響する可能性を知っておくと、「何もないのに急に怖がった」「言うことを聞かない」と片づけずに済みます。
ただし、原因探しを鼻だけへ絞る必要はありません。耳が後ろへ倒れる、口を閉じて体が固まる、顔をそらす、尾が下がる、飼い主の後ろへ入る。こうした全身の変化と、相手との距離、直前に聞こえた音、過去の経験を一組で観察します。
| 見えたこと | 決めつけず記録すること | 安全な対応 |
|---|---|---|
| 急に立ち止まって嗅ぐ | 場所、風向き、他犬の有無、姿勢 | リードを引いて急かさず、短く観察する |
| 飼い主の後ろへ戻る | 耳・口・尾、震え、回復までの時間 | 距離を広げ、戻れる方向を空ける |
| 相手へ硬く近づく | 凝視、体の硬直、うなり、距離 | 挨拶を強制せず、静かに離れる |
| 以前と違う反応が続く | 痛み、睡眠、食欲、歩き方の変化 | 動画と記録を持って獣医師へ相談する |
においを嗅いだ直後に吠えたり飼い主へ寄ったりしても、叱って抑え込むと不安を強めることがあります。距離を取れる、向きを変えられる、飼い主のそばへ戻れる。その選択肢を残したうえで、落ち着けた行動を静かに報酬で支えます。

受診や専門相談につなぐ目安
特定の場所や犬に一度反応しただけなら、まず距離を取り、落ち着きが戻るかを見ます。研究のために他犬の爪切り後の綿や分泌物を集め、家庭で嗅がせる必要はありません。衛生面だけでなく、犬へ避けられない刺激を与えるからです。
反応が急に変わった、触られるのを嫌がる、歩き方や食欲も違う場合は、痛みや体調変化を先に獣医師へ相談します。行動だけを見て「他犬のストレス臭に敏感な性格」と決めると、医学的な原因を見落としかねません。
強い恐怖が繰り返す、回復に長くかかる、うなりや突進で人や犬の安全を保てないときは、場面を避けながら、獣医師や獣医行動の専門家へ早めに相談してください。罰で反応を消すのではなく、健康確認、環境管理、報酬を使った行動支援を組み合わせます。
犬同士の感情のにおいでよくある質問
- 犬は相手の「喜び」「ストレス」という感情名までわかるのですか?
-
この研究が示したのは、異なる情動状況の後に採取した臭気の一部を区別し、その後の行動に差が出たことです。人が使う感情名を犬が理解したか、相手の内面を推論したかは測っていません。
- ストレス臭を嗅ぐと、犬にもストレスが伝染しますか?
-
ストレス臭群は飼い主へ近づき、見知らぬ人から離れる傾向を示しました。ただし、ストレス行動がストレス臭だけで増えたわけではなく、生理指標も測っていません。情動伝染は可能性であり、確定した結論ではありません。
- 多頭飼いでは、緊張した犬のにおいがほかの犬へ影響しますか?
-
影響する可能性はありますが、今回の研究は1頭の見知らぬ提供犬の臭気を研究室で提示したものです。家庭内でどの程度続くかは未検証です。各犬に別々の休める場所を用意し、距離を選べるようにしてください。
- 犬が相手を嗅いで固まったら、挨拶を続けてもよいですか?
-
体が硬い、口を閉じる、凝視する、尾や耳が強く変わるなら、挨拶を進めず距離を広げます。何のにおいへ反応したかを当てるより、今の犬が離れられることを優先してください。
犬の鼻は、姿の見えない相手からも情報を受け取っているのかもしれません。2026年の実験は、その見えない層を一歩だけ測りました。面白さを「犬は心を嗅げる」という断定へ急がず、目の前の犬には距離と選択肢を返す。その姿勢なら、研究の発見を暮らしの安全へつなげられます。
参考情報
- Wang & Horowitz「Dogs (Canis familiaris) distinguish conspecific emotional chemosignals」(2026年、犬同士の情動状況臭を扱った43頭の慣れ・識別実験と24頭の行動試験)
- Siniscalchi et al.「The dog nose “KNOWS” fear: Asymmetric nostril use during sniffing at canine and human emotional stimuli」(犬・人由来の情動状況臭と鼻孔側性)
- D’Aniello et al.「Interspecies transmission of emotional information via chemosignals: from humans to dogs」(人の恐怖・幸福状況臭に対する犬の行動と心拍)
- Wilson et al.「Dogs can discriminate between human baseline and psychological stress condition odours」(人のベースライン臭と心理的ストレス臭の識別)
- Merck Veterinary Manual「Diagnosis of Behavior Problems in Animals」(行動歴、医学的原因、恐怖・不安の評価)
- RSPCA「Understanding a dog’s body language」(犬の全身サインと距離の取り方)
- AVSAB「Humane Dog Training Position Statement」(報酬を基盤とする行動支援と嫌悪的手法を避ける根拠)



