この記事は、公開されている情報や犬種に関する一般的な知見をもとにWANLABが独自にリサーチ・編集しています。できる限り正確な内容を心がけていますが、情報が古くなっている場合や個体差によって当てはまらない場合もあります。健康やしつけに関する判断は、必要に応じて獣医師や専門家にもご相談ください。
この記事の要点
- ABCB1変異がある犬では、一部の薬を脳から外へ戻す働きなどが弱まり、薬剤感受性が高くなる場合があります。
- コリー系犬種でも全頭が変異を持つわけではなく、危険度は遺伝子型と薬・量・投与経路で変わります。
- 承認された用量の犬用フィラリア予防薬は変異犬でも安全とされるものがあり、自己判断で中止しません。
- 検査結果、過去の反応、現在の薬を投薬・鎮静・麻酔の前に獣医師へ共有することが、いちばん実用的な備えです。
「この犬種には薬を使えない」と考える必要はありません。愛犬の結果と治療条件が分かれば、獣医師は薬の選択や観察方法を調整できます。
予防薬を飲ませる日が近づき、「コリー系はMDR1に注意」という言葉を見つけた。いつもの予防まで止めたほうがよいのか、急に心配になるかもしれません。
注意したい体質があるのは事実です。ただし、犬種名だけで薬を一律に危険とするのも、検査が陰性なら何でも安全とするのも正確ではありません。鍵になるのは、ABCB1の遺伝子型と、使う薬・量・投与経路の組み合わせです。

ABCB1は薬を外へ運ぶ仕組みに関わる
ABCB1は、P糖タンパク質という輸送体を作る遺伝子です。以前はMDR1と呼ばれることが多く、現在の検査案内でも両方の名前を見かけます。
P糖タンパク質は、腸、肝臓、腎臓、血液脳関門などで、特定の物質を細胞の外へ運ぶ役割を持ちます。脳の細い血管では、薬が必要以上に脳内へ残らないための門番の一つです。
犬でよく検査されるABCB1-1Δは、DNAの4塩基が欠けた変異です。P糖タンパク質を正常に作れなくなるため、その輸送体が扱う薬では体内分布や排泄が変わり、神経症状や骨髄抑制などの副作用が強く出ることがあります。
コリー系なら全頭が変異を持つわけではない
2001年の研究はコリー40頭を調べ、4塩基欠失とイベルメクチンへの感受性が関連することを示しました。2004年には4,000頭を超える純血種犬が調べられ、コリー、シェットランド・シープドッグ、オーストラリアン・シェパードなど複数犬種で、同じ祖先に由来すると考えられる変異が見つかりました。
ここから分かるのは、注意する価値のある犬種群があることです。「コリー系の見た目なら変異あり」「別の犬種なら関係なし」と外見だけで判定できる、という意味ではありません。
| 手がかり | 分かること | 分からないこと |
|---|---|---|
| 犬種・血統 | 検査を相談する理由になる | 個体の遺伝子型 |
| ABCB1遺伝子検査 | 既知の変異を0・1・2コピー持つか | すべての薬への反応 |
| 過去の薬剤反応 | 次の処方で共有すべき重要情報 | 原因薬や遺伝子型の確定 |
犬種別の変異頻度も、調べた国、血統、募集方法で変わります。遺伝子検査を希望する人が集まった標本では、一般の犬集団より変異が多く見えることがあります。ネットで見た割合を愛犬の確率として扱わず、必要なら個体を検査します。

薬の名前だけでなく量・経路・併用でリスクが変わる
ABCB1変異との関係が検討されている薬には、寄生虫予防・治療に使う一部の成分、下痢止めとして知られる成分、鎮静・麻酔に関わる薬、抗がん薬などがあります。けれども、一覧だけを見て家庭で使用可否を決めるのは安全ではありません。
同じ成分でも、承認された予防用量と、病気を治療する高用量では意味が違います。口から飲むか注射するか、ほかの薬と併用するか、変異を1コピーか2コピー持つかでも、獣医師が考える条件は変わります。
- 処方薬を自己判断で中止・減量しない
- 人用の下痢止めや、以前余った薬を流用しない
- 家畜用の駆虫薬を犬へ使わない
- 商品名だけでなく、成分名・用量・投与時刻を記録する
- 別の病院や救急受診でも、検査結果と薬の記録を見せる
抗がん薬のビンクリスチンでは、リンパ腫の犬34頭を調べた研究で、変異を持つ犬に好中球減少や血小板減少が多い関連が報告されました。これは治療を避ける根拠ではなく、腫瘍科で遺伝子型を含めて用量や検査間隔を検討する材料です。
フィラリア予防薬を自己判断で止めない
「イベルメクチン感受性」という呼び名から、フィラリア予防薬はすべて危険だと受け取りやすいところです。しかし、Washington State UniversityとMerck Veterinary Manualは、犬用製品の承認されたフィラリア予防用量について、ABCB1変異を持つ犬でも安全としています。
この説明は、どんな量でも安全という意味ではありません。高用量、適応外の使い方、家畜用製剤は別です。また、犬の年齢、体重、持病、併用薬、地域の寄生虫リスクによって、選ぶ製品と予定は変わります。
必要な予防を怖さから中断すると、別の健康リスクが生まれます。次の投与前に、製品名、成分、現在の体重、ABCB1検査結果を処方した動物病院へ伝え、その犬の予定を確認してください。

遺伝子検査は0・1・2コピーで受け取る
「MDR1陽性ですか」と尋ねるより、ABCB1-1Δを0コピー、1コピー、2コピーのどれで持つか確認すると、結果を取り違えにくくなります。すべての犬がABCB1という遺伝子自体は持っているためです。
- 0コピー:検査した既知の変異は確認されない。すべての薬・用量が安全という保証ではない。
- 1コピー:変異を片方から受け継ぐ。薬と条件によって感受性が高まる場合がある。
- 2コピー:変異を両方から受け継ぐ。P糖タンパク質機能への影響が大きく、より慎重な投薬計画が必要になる。
2022年の研究では、臨床の検体286頭と、ABCB1検査のために提出された599頭で変異頻度が大きく異なりました。検査へ来る犬は、犬種や心配事の時点で選ばれています。結果は愛犬の診療には役立ちますが、検査会社の集計を犬種全体の現在地とはみなしません。

検査を受ける時期は、手術や鎮静の予定、継続治療、犬種・血統をもとに、かかりつけ医へ相談できます。結果用紙は写真だけでなく原本やPDFも保管し、緊急受診で見せられる場所へ置きましょう。
投薬・鎮静・麻酔の前に伝える4点
- 遺伝子検査:検査機関、変異名、0・1・2コピー、検査日
- 過去の反応:薬の名前、量、投与から症状までの時間、回復までの経過
- 現在のもの:処方薬、予防薬、市販薬、サプリメント、外用薬
- 今回の予定:治療、予防、鎮静、麻酔の目的と、帰宅後に見る症状
薬の記録は、銘柄を覚えて話すより、包装や処方ラベルの写真を見せるほうが確実です。体重も用量判断へ関わるため、最近測っていなければ診察で確認します。
別の病院で薬を受け取るとき、薬局や通販で製品を選ぶときも、かかりつけ医の処方を前提にします。遺伝子型は重要な情報ですが、診察、臓器機能、併用薬を置き換えるものではありません。
投薬後の異変は薬名・時刻・量と一緒に連絡する
新しい薬の後に、ふらつく、震える、強く眠り込む、呼びかけへの反応が鈍い、見えにくそうにする、力が入らないといった変化があれば、処方した動物病院へすぐ連絡します。けいれん、呼吸の変化、倒れる、反応しにくい状態は、夜間でも救急相談が必要です。
その際は、薬・製品の名前、与えた量、投与時刻、症状が始まった時刻、ABCB1検査結果を伝えます。包装や残りの薬を持参できるようにし、獣医師の指示なしに吐かせたり、別の薬を追加したりしません。
一方、既知の変異が0コピーでも、体調や別の遺伝要因、高用量で副作用は起こり得ます。「陰性だから薬のせいではない」と切り分けず、投薬後の変化として同じように相談してください。
コリー系犬種のABCB1でよくある質問
- コリー系なら全頭がABCB1検査を受けるべきですか?
-
一律ではありません。犬種・血統、今後の鎮静や治療、使う可能性がある薬をもとに、検査が診療判断へ役立つかをかかりつけ医へ相談します。外見だけでは変異の有無は分かりません。
- 変異を1コピー持つだけなら薬の心配はありませんか?
-
心配がないとは言えません。薬の種類や用量によっては、1コピーの犬でも副作用リスクが高まる報告があります。結果を処方前に共有し、薬ごとの判断を受けてください。
- フィラリア予防薬は中止したほうがよいですか?
-
自己判断では中止しません。犬用製品の承認された予防用量は変異犬でも安全とされるものがあります。ただし製品、体重、持病、併用薬を確認するため、次の投与前に処方元へ相談します。
- 検査で変異0コピーなら、高用量の駆虫薬も安全ですか?
-
安全を保証しません。0コピーは、検査した既知の変異がないという結果です。既知変異がない犬でも高用量条件で神経毒性が報告されており、用量と適応は必ず獣医師が決めます。
ABCB1変異は、必要な薬を遠ざけるためのラベルではありません。愛犬の体質を、獣医師が薬を選び、量を考え、帰宅後の観察点を伝えるための情報に変えるものです。検査結果と薬の記録を一緒に保管し、次の処方より前に見せられる形へ整えておきましょう。
参考情報
- Mealey et al.「Ivermectin sensitivity in collies is associated with a deletion mutation of the mdr1 gene」(2001年、コリーの4塩基欠失と薬剤感受性)
- Neff et al.「Breed distribution and history of canine mdr1-1Δ」(2004年、複数犬種における変異分布と共通祖先)
- Beckers et al.「Genotype-guided dosing of chemotherapeutics in dogs with ABCB1-1Δ」(2022年、検査集団の選択バイアスと遺伝子型別投薬)
- Washington State University WADDL「MDR1 Testing」(ABCB1検査と薬剤感受性の案内)
- Washington State University Veterinary Teaching Hospital「Is your pet at risk?」(注意薬とフィラリア予防用量の区別)
- Merck Veterinary Manual「Heartworm Disease in Dogs, Cats, and Ferrets」(ABCB1多型、予防用量、家畜用製剤の注意)
- Mealey et al.「Association of a common canine ABCB1 mutation with vincristine-induced neutropenia and thrombocytopenia」(2008年、抗がん薬毒性との関連)
- Bissonnette et al.「The ABCB1-1Δ mutation is not responsible for subchronic neurotoxicity…」(2014年、既知変異がない犬での高用量条件の限界)
- U.S. Food and Drug Administration「Genetically engineered mouse model…」(P糖タンパク質と犬のABCB1変異、安全性評価)



