この記事は、公開されている情報や犬種に関する一般的な知見をもとにWANLABが独自にリサーチ・編集しています。できる限り正確な内容を心がけていますが、情報が古くなっている場合や個体差によって当てはまらない場合もあります。健康やしつけに関する判断は、必要に応じて獣医師や専門家にもご相談ください。
この記事の要点
- 2022年の二重盲検実験では、訓練された4頭が同じ人の平常時と急性ストレス後の呼気・汗を、全720試行中675回、93.75%の正確さで識別しました。
- わかったのは「急性ストレスに伴うにおいの差を利用できる」という範囲です。人の感情の理由や病気まで理解・判定した結果ではありません。
- 別の18頭の研究では、見知らぬ人のストレス条件のにおいが、曖昧な選択への接近を一部遅らせました。ただし試行順や学習の影響も含みます。
- 愛犬の反応は一つのしぐさで決めず、全身と状況を合わせて見ます。急な行動変化が続くときは獣医師へ相談してください。
犬の嗅覚の鋭さが、実験でどこまで確かめられ、どこから先はまだ想像なのか。数字を家庭の愛犬へそのまま移さずに読み解きます。
緊張した一日を終えて帰宅すると、愛犬がいつもより長く服や息のあたりを嗅いでくる。そんな場面で「ストレスのにおいまでわかるのだろうか」と思うのは自然です。
管理された実験では、犬が人の平常時と急性ストレス後の呼気・汗を区別できました。ただし、においの違いがわかることと、気持ちの種類や理由を理解することは別です。まずは、実験が犬に何を選ばせたのかから見ていきましょう。

4頭は平常時と急性ストレス後のにおいを識別した
2022年にPLOS ONEへ掲載された研究は、人が心理的なストレスを受けた直後に、呼気と汗のにおいが変わり、その差を犬が見分けられるかを調べました。参加者は平常時の試料を採った後、時間制限のある暗算課題に取り組み、直後にもう一度、呼気と汗の試料を提供しました。
研究チームは、本人の申告だけでなく心拍や血圧の変化も確認し、基準を満たした36人分の試料を使いました。平常時と課題後の採取間隔は約4分。同じ人の中で比べることで、人ごとの体臭差よりも、その短時間に生じた変化へ焦点を当てています。
犬へ示されたのは、同じ人の平常時試料、ストレス条件の試料、何も入っていない対照の三つです。正解を知る人の反応が合図にならないよう、試験は二重盲検で行われました。最初からどの犬でも参加したのではなく、識別手順を学び、基準を満たした4頭が本試験へ進んでいます。

93.75%という数字は何を意味する?
4頭は36人分の試料を使った計36セッション、720回の識別試行のうち675回でストレス条件を正しく選びました。全体の正確さは93.75%。犬ごとの成績も90%から96.88%で、偶然の三択では説明しにくい一貫した識別でした。
さらに、各参加者の試料を初めて嗅いだ最初の試行でも、36回中34回で正解しました。特定の人のにおいを繰り返し覚えた後だけ当てたわけではない点は、急性ストレスに伴う共通した変化を利用した可能性と合います。
それでも、この93.75%を「愛犬が家庭で飼い主のストレスを当てる精度」と読むことはできません。本試験は、選抜・訓練された4頭が、混ざりにくい専用装置で、採取直後の急性ストレス試料を選んだ成績です。日常には食事、香料、衣類、ほかの人や動物、場所のにおいが重なります。

犬が嗅いだ物質はまだ特定されていない
この研究で使われたのは、呼気と汗を組み合わせた試料です。そのため「汗だけでわかった」「息だけでわかった」とは分けられません。ストレス時には代謝や自律神経の働きが変わり、体から出る揮発性有機化合物の組み合わせも変化し得ますが、犬が手掛かりにした成分は分析されていません。
「ストレスホルモンのコルチゾールを直接嗅いだ」と言い切ることもできません。研究が示したのは、短い暗算課題の前後で採取した試料に、犬が区別できるにおいの変化があったということです。変化の正体を知るには、化学分析と識別試験を組み合わせた研究が必要です。
見知らぬ人のストレス臭で犬の選び方は変わる?
においを区別できることと、そのにおいで行動が変わることも別の問いです。2024年のScientific Reportsの研究は、18頭の犬へ、見知らぬ3人から採ったストレス条件またはリラックス条件の呼気・汗を提示し、曖昧な場所に置かれた餌皿へ近づく速さを調べました。
犬は事前に、ある場所の皿には餌があり、反対側にはないと学びます。その中間に置かれた曖昧な皿へ速く近づけば、報酬を期待する判断と解釈できます。ストレス条件のにおいでは、対照と比べて「餌がなさそうな側に近い曖昧な位置」への接近が遅くなりました。
ただし差はすべての位置や比較で一様ではなく、セッションの順番と学習の影響も現れました。結果は、人のストレス条件のにおいが犬のリスクや報酬の見積もりへ影響し得ることを示唆しますが、犬がその人の感情を理解した、あるいは共感したと証明するものではありません。
恐怖の汗を使った研究とも少し違う
人の感情に伴う体臭と犬の行動を調べた別系統の研究もあります。2021年のAnimal Cognitionの研究では、恐怖または幸福を喚起する映像を見た人の汗を犬へ提示しました。恐怖条件では、犬が飼い主の近くにいる時間や、ストレスに関連する行動が増えています。
これは、感情に伴う人の化学的な合図が犬の行動へ届く可能性を補強します。一方、恐怖映像を使った汗と、暗算課題後の呼気・汗は同じ条件ではありません。複数の研究が同じ方向を向いていても、「犬はあらゆるストレスを同じように嗅ぐ」と一つにまとめない慎重さが必要です。

家庭で愛犬の反応を見るときの3つの線引き
飼い主が緊張している日に犬が近づく、離れる、息や服を嗅ぐことはあるでしょう。ただし、その一場面だけで「ストレス臭に反応した」とは決められません。声の調子、姿勢、動き、生活の流れ、周囲の音やにおいも、犬が受け取る手掛かりです。
- 意味を固定しない:近づく行動を「慰め」、離れる行動を「嫌われた」と一つに決めず、前後の状況を見ます。
- 犬に選択肢を残す:静かな寝床や少し離れられる場所を用意し、触る、抱く、嗅がせることを強制しません。
- 一時的か続くかを見る:あくび、口舐め、耳を後ろへ倒す、尾を下げる、食欲低下などを全身と時間経過で見ます。
RSPCAとPDSAも、犬の心配や不快のサインは一つではなく、全身と文脈を合わせて見るよう案内しています。急な行動変化や食欲低下、元気の低下などが続く場合は、人のストレスのせいと片づけず、痛みや体調変化を含めて獣医師へ相談してください。
家庭でストレス臭を試さなくてよい理由
研究を確かめるために、自分へ強い負荷をかけたり、犬を狭い場所へ置いて試料を選ばせたりする必要はありません。家庭では条件を分離できず、犬がにおい、声、動きのどれに反応したのかも判断できません。
この研究から持ち帰れるのは、犬が人から出る繊細な化学的変化を利用できる可能性と、こちらの緊張が犬の環境の一部になり得るという視点です。愛犬に証明してもらうより、人も犬も落ち着ける距離と日課を保つほうが、暮らしには役立ちます。
犬と人のストレス臭についてのFAQ
- 犬は飼い主のストレスをにおいだけでわかりますか?
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管理された実験では、訓練犬が同じ人の平常時と急性ストレス後の呼気・汗を識別しました。ただし家庭では、声、表情、動き、環境の変化も同時にあります。愛犬がにおいだけで判断したと切り分けるのは難しい条件です。
- 犬はコルチゾールを嗅いでいるのですか?
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犬が利用した成分は未特定です。使われたのは呼気と汗を合わせた試料で、揮発性物質を一つずつ分析する試験ではありませんでした。「ストレスホルモンを直接嗅いだ」という説明は、結果の範囲を超えます。
- すべての犬がストレス臭を見分けられますか?
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全犬で確認されたわけではありません。中心となる識別実験は、手順を学んで基準を満たした4頭で行われました。犬種、年齢、経験、家庭環境による差を判断するには、さらに大きな研究が必要です。
- 犬が近くで嗅いでくるのは慰めようとしているからですか?
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その可能性だけに決めることはできません。情報を集める、いつもの流れを確認する、接触を求めるなど複数の理由が考えられます。犬の表情、姿勢、距離、前後の出来事を合わせて見てください。
参考情報
- Wilson et al. (2022): Dogs can discriminate between human baseline and psychological stress condition odours
- Parr-Cortes et al. (2024): The odour of an unfamiliar stressed or relaxed person affects dogs’ responses to a cognitive bias test
- D’Aniello et al. (2021): Sex differences in the behavioral responses of dogs exposed to human chemosignals of fear and happiness
- RSPCA: Understanding your dog’s behaviour
- PDSA: Tips to identify and prevent stress in dogs



